知的財産による理工系人材の地位向上の問題について考えます。

コンビニエンスストアの深夜営業規制とCO2削減
コンビニエンスストアの深夜営業規制によるCO2削減が話題になっている。

コンビニエンスストアの深夜営業はどのくらい便利なのかは人によるだろう。しかし、コンビニエンスストア側としても、コストを上回る利益が得られなければ深夜営業はしないだろうから、深夜営業が行なわれているのは、社会的な需要があるからと思われる。

コンビニエンスストアの深夜営業規制によるCO2削減の効果はあまり大きくなく、CO2削減に最大の効果があるのは、技術開発であろう。

戦前、贅沢の抑制を国民は受け入れた。しかし、それはたいした効果はなかった。一方で、レーダーの開発を闇夜の提灯として低く見るなど、重要な技術開発が軽視されてしまった。

CO2削減の技術を日本が開発すれば、それは日本だけではなく世界で使えるので、削減量は大きいだろう。CO2削減の有力な技術を1人の理系が開発すれば、そのCO2削減量は、日本中の人がコンビニの深夜利用をしないことによって削減できるCO2の量を超えてしまうかもしれない。

社会の目は、コンビニエンスストアの深夜利用の抑制に向けられているが、技術開発とそれを支える理工系人材という最も重要なものから目を逸らしてはならないだろう。

コンビニの深夜営業の規制という点ばかりに目がいくのではなく、理工系人材の地位向上による技術開発によるCO2削減という点に着目することが重要ではないだろうか?

日本の閉塞感と若者の閉塞感
閉塞感を感じる若者が報道されている。

これが日本の知的財産立国の失敗からくる日本の閉塞感から来ていることはあまり認識されていない。日本の閉塞感を、若者は敏感に感じ取る。

知的財産立国の失敗があると、日本は派遣や非正規雇用など低賃金労働で企業を守ることしかできなくなってしまう。そうすると、表面の数字上は企業の業績を守れても、社会が荒廃してしまう。

日本が知的財産立国により、世界の中での新しいポジションを獲得しないと、日本の閉塞感が消えなくなる。そうすると、若者の閉塞感につながってしまう。

知的財産立国の失敗と若者の閉塞感が関係しているという視点は、本ブログ以外では、あまりない視点であろう。

日本が世界の中で貢献できる居場所がなければ、若者にも居場所がなくなり、閉塞感が生じてしまう。欧米の模倣と改良で世界に貢献できる時代が終わっているのに、日本は世界の中での新しいポジションを獲得できていないのである。

そのことは、若者の雇用も、閉塞感のあるものになることを意味する。日本が世界の中で居場所がないという問題と、若者が社会の中で居場所がないという問題は関連している。

考え方を変えることができれば、新しい道が拓けてくる。古い考え方を捨てて、新しい考え方に踏み出せるかどうかが、日本が閉塞感を乗り越えて、新しいポジションに到達できるかどうかの鍵になるのではないだろうか。

非正規雇用の拡大
非正規雇用者が拡大し、正社員と同じ労働なのに低賃金労働を強いられていることが問題となっている。非正規雇用の拡大により企業の業績は改善したが、日本全体としてみれば、自分の手足を食べていることになっていないだろうか。

非正規雇用の拡大は、日本全体を豊かにするとはいえない。新しい価値の創出により日本の富自体が増えなければ、格差が拡大するだけで、日本全体として豊かになっているとはいえないだろう。

格差を拡大させずに日本全体を豊かにするには、非正規雇用の拡大ではなく、科学技術によって新しい価値を生み出すことが重要である。

戦前も科学技術にもっと力を入れるべきだった。日本は科学技術を軽視していたので、女工等を低賃金で働かせて低付加価値な繊維製品を外国に輸出しても、豊かにならなかったのである。

科学技術軽視の姿勢が、国民の負担を増加させたり、労働強化をする結果になり、それでも問題は解決せず、多くの人々の塗炭の苦しみを呼ぶことになってしまったのである。

戦前の日本に足りなかったものは何か? 科学技術ではないか?
現在から振り返ると、戦前の日本は、

1.精神論が幅を利かせており、科学技術の重要性の認識が十分でなかった
2.科学技術の研究、特に基礎的な研究に十分な社会的な資金を投入していなかった

という問題点があったと思われる。

そして、科学技術力の不足によって経済的に追い詰められ、国際関係まで悪くし、国民生活にも大きな負担をかける結果となった。

現在の人が、戦前の日本がどうすればよかったかを考えると、

1.合理的な精神に基づいて古い慣習を排し、科学技術の振興を図ること
2.科学技術のレベルの向上に莫大な国家予算を投入すること

がよかったことに気づく。

2については、外国人の招聘や科学技術の導入に多額の予算をつぎ込むとともに、国内の研究開発活動に国家予算の多くの割合を割いて、理系の地位向上を大規模に行なっていれば、科学技術力は大きく改善していただろう。

戦前の日本に足りなかったのが、科学技術力の強化であったことは現在の目から見れば明らかである。科学技術力が足りなければ、経済的に苦しくなり、国民に多くの負担を強いることになってしまう危険がある。

iPS細胞と知的財産
iPS細胞は大きな可能性を持っている。iPS細胞のような重要な進歩は日本においてなされた。

しかし、せっかく日本でiPS細胞のような重要な進歩が得られても、知的財産政策がおかしければ、iPS細胞に関する知的財産を欧米に押さえられ、再生医療などの将来の新産業における日本の地位を高めることができないおそれがある。

iPS細胞に関する知的財産については、日本全体で考えていかなければならない大きな政策問題である。しかし、国民的な議論が高まっていないのはどうしてであろうか。

iPS細胞に関する知的財産の問題は、iPS細胞の技術を応用した再生医療などの新産業を、日本がどの程度作り出せるかどうかに関わっている。これは新産業の勃興による日本経済の浮揚に関係しており、日本の多くの人に関係する問題であろう。

iPS細胞の技術を応用した再生医療などの新産業が日本で盛んになるのか、それともそのような新産業の育成が進まず、再生医療などの将来の新産業は欧米が独占することになるのかは、日本の知的財産政策に関係している。

日本はiPS細胞で再生医療などの新産業の勃興のきっかけを作ったにもかかわらず、それを十分に生かせなかったと歴史書に書かれることになるのだろうか。
Copyright © 知的財産による理工系人材の地位向上. all rights reserved.
ホームページ アフィリエイト レンタルサーバー FC2ブログ